東京地方裁判所 平成10年(ワ)27806号 判決
原告 A
右訴訟代理人弁護士 吉田裕敏
被告 日興證券株式会社
右代表者代表取締役 金子昌資
右訴訟代理人弁護士 渡部喬一
同 小林聡
右渡部喬一訴訟復代理人弁護士 大石雅寛
主文
一 被告は、原告に対し、三三〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一三日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを一〇分し、その七を原告の、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、第一項及び第三項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
一 (主位的請求)
被告は、原告に対し、一二〇〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一三日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。
(予備的請求)
被告は、原告に対し、一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年六月二五日から支払済まで年五パーセントの割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は、被告の負担とする。
第二事案の概要
一 本件は、被告と取引のあった原告が、被告の営業担当者との間で外国投資銀行の発行する社債を一〇〇〇万円で購入する契約を締結したところ、右銀行が裁判所に対し清算命令の申立をしたことから、右社債が無価値になり、右同額の損害を被ったが、被告の営業担当者は、原告に対し、右社債の購入を勧めるについて、右銀行が経営的に危険性のあることなどの不利益な情報を伝えなかったため、原告は、右社債を購入し損害を被ったもので、被告の営業担当者の行為は、右社債の購入を勧めるについて債務不履行又は不法行為等に当たるなどとして、被告に対し債務不履行責任又は不法行為責任等に基づく損害の賠償を求めた事案である。
二 前提事実(当事者間に争いがない。)
1(一) 原告は、現職の判事(裁判官)である。
(二) 被告は、有価証券の売買、有価証券の売買の仲介・取次及び代理等を目的とする会社であり、福田正純(以下「福田」という。)は、被告大宮支店の投資相談課長、西原美恵子(以下「西原」という。)は、同支店の投資相談課に勤務する従業員であった(以下「福田及び西原を合わせて「福田ら」という。)。
2 原告は、平成九年六月一六日ころ(なお、時期については争いがある)、福田らとの間で、香港に本店を有する投資銀行である、ペレグリン・インベストメンツ・ホールディングス・リミテッド(以下「ペレグリン社」という。)の発行する第一回円貨社債(以下「本件社債」という。)を代金一〇〇〇万円で売買する契約を締結し(以下「本件売買契約」という。)、同年六月二五日、右売買代金を支払った。
3 ペレグリン社は、平成一〇年一月一二日、香港の裁判所(香港高等法院)に対し清算命令の申立をして、同年三月一八日、同裁判所から清算命令が出された。
三 争点
(主位的請求)
1 被告の債務不履行及び不法行為の有無
2 原告の損害の有無及び額
(予備的請求)
3 被告の証券取引法一五条一項違反による取引の無効
4 原告の錯誤の有無
四 争点に対する当事者の主張
(主位的請求)
1 争点1(被告の債務不履行及び不法行為の有無)
(一) 原告
(1) 証券取引法一五条一項及び二項違反の事実
ア 証券取引法一五条一項によれば、証券会社は、社債等の募集をする場合は発行者による同法四条の届出を要する有価証券については、届出の効力が生じていなければ、募集によりこれを顧客に取得させてはならないとされている。本件社債の募集にかかる届出の効力発生日は、平成九年六月一七日とされているところ、福田らは、原告との間で募集の届出の効力が発生する前である同月一六日に売買契約を締結している。福田らの右行為は、同法一五条一項に違反する行為である。
イ 証券取引法一五条二項によれば、証券会社は、社債等の募集をする場合は、同法一三条二項及び四項に適合する目論見書を、予め又は同時に交付しなければならないとされている。本件社債の売買契約は、平成九年六月一六日であるところ、福田らは、目論見書を本件売買契約成立後の同月三〇日ころに原告に交付した。福田らの右行為は、同法一五条二項に違反する行為である。
(2) 説明義務違反
ア 原告は、被告から外国債券等を購入する際には、発行体が公的機関であるかどうかを基準として、安全性の高いものを購入してきており、投資銀行の社債を購入するのは初めてであったことから、福田らは、原告に本件社債を購入させるに際しては、本件社債発行会社の目論見書中の「事業の概況等に関する特別記載事項」に記載されている、発行会社の業績、取引先、経営基盤、組織形態、会社の沿革等の情報を開示するなど、原告が本件社債の購入の判断をするために必要な情報を説明する義務があるところ、福田らは、原告に対し、ペレグリン社に関するいわゆる格付情報を開示したのみで、購入の判断に必要な十分な情報を説明しなかった。
イ 福田は、原告に本件社債を購入させるに際し、ペレグリン社は、格付では日本興業銀行に相当する銀行であるとか、本件社債の募集条件について一口一〇〇〇万円で、投資家向けの商品であるが、原告には特別に廻すものであるなどと虚偽の事実を告げて、本件社債が安全な商品であるかの如く信用させてこれを購入させた。
(3) 取引成立後の配慮義務違反
被告は、平成九年一〇月ころにはペレグリン社の経営不安が生じたことを知っていた。原告は、同年九月ころから一二月ころまでの間に五回にわたり、被告の松戸支店の森上年数資産運用課長(以下「森上」という。)らに対し、本件社債の安全性について質問していたことから、森上らは、原告に対し、ペレグリン社に関する前記事実を知らせるべき義務があるのにこれをしなかった。
(4) 福田らの前記(1) ないし(3) の行為は債務不履行ないし不法行為にあたるところ、原告は被告の債務不履行又は不法行為により本件社債を購入し、または、これを売却する機会を逸し、その結果、ペレグリン社の清算申立により本件社債購入代金相当額の損害を被った。
(二) 被告
(1) 本件売買契約の成立は、本件社債の募集にかかる届出の効力発生日である平成九年六月一七日であり、福田らに、証券取引法一五条一項に違反する行為はない。
(2) 西原は、原告に対し、本件目論見書を、本件売買契約が成立した直後の平成九年六月一八日に速達郵便で送付し、原告は、遅くとも同月一九日にはこれを受領している。本件社債の申込者は、代金の払込期間内(申込期間内)であれば注文の撤回が可能である。西原は、原告に対し、本件社債の払込期間は同月三〇日までであり、右期間内であれば注文の撤回ができる旨の説明をしている。原告が本件見積書を受領したのは払込期間まで一一日も前の同月一九日であったことから、原告は、本件目論見書を検討した上で、申込を撤回することが十分可能であった。したがって、本件においては、目論見書は、実質的には「予め又は同時」に交付したものと評価できる。
(3) ア 西原は、本件社債の販売要項を送付しており、さらに、福田らは、ペレグリン社の格付について原告に説明している。一般に投資家にとって、債券の発行体の業務内容、業績その他債券発行体に関する種々の情報を収集し、これを分析評価して、債券の安全性を判断することは不可能といってよく、格付は一般投資家にとって債券の安全性を判断するほとんど唯一の資料である。原告は、その投資経験等から格付に対する十分な認識を持っており、本件社債の購入にあたっても格付を本件社債購入の判断基準としている。
イ 西原は、本件社債の格付が原告がそれまで購入していた外国債券(以下「外債」という。)より評価が低いBBB+であることを明確に説明し、不安があるのであれば原告が何度か購入したことがあるチャンスと呼ばれる公社債投資信託を購入してはどうかなどと勧めている。さらに、福田らは、原告に対し、本件社債の格付がBBB+であること、右格付は、現在は元利払いの十分な確実性があるが、環境の変化を受けやすいという評価であること等を十分に説明している。
ウ 本件目論見書が事前に交付されていたとしても、原告が本件社債を購入していた可能性は極めて高いと認められ、目論見書の事後交付と本件売買契約との間に因果関係はない。
エ 原告の主張する損害は、原告が本件社債を保有中にペレグリン社が倒産したことによると解されるところ、およそ倒産の危険性のない企業は存在しないことから、本件売買契約と原告の主張する損害の発生との間に因果関係があるというためには、被告が、本件売買時点に一般的な可能性を超えて、ペレグリン社の倒産が予想できたという特別の事情が存在しなければならない。しかし、本件売買時点において、ペレグリン社が倒産することを特別に予見できたとする客観的事情について、原告は何らの主張、立証をしない。したがって、本件売買契約とペレグリン社の倒産との間に因果関係はない。
(4) 取引成立後の配慮義務
被告には、取引成立後に、顧客に対し、発行会社の経営状況を知らせる義務はないし、被告は、ペレグリン社の倒産に至る経営危機については、事前に知り得なかった。
2 争点2(原告の損害の有無及び額)
(一) 本件売買代金 一〇〇〇万円
(二) 精神的苦痛に伴う慰謝料 一〇〇万円
(三) 弁護士費用 一〇〇万円
(予備的請求)
1 争点3(被告の証券取引法一五条一項違反による取引の無効)
(一) 原告
福田らは、原告に対し、本件社債の有価証券届出の効力発生日である平成九年六月一七日より前の日である同月一六日に本件社債を購入させていることから、本件売買契約は、証券取引法一五条一項に違反し無効である。したがって、被告は、原告に対し、本件売買代金を返還する義務がある。
(二) 被告
本件売買契約の成立日は、平成九年六月一七日である。また、証券取引法一五条一項は取締法規であり、仮に、福田らに同条項違反の行為があったとしても、私的取引行為である本件売買契約が無効になるものではない。
2 争点4(原告の錯誤の有無)
(一) 原告
(1) 本件社債の発行会社の経営に関するリスクなどの事実は、本件社債を購入するかどうかについて極めて重要な事実であり、その事実に関する錯誤は、要素の錯誤となる。
(2) 原告は、福田らから、ペレグリン社の倒産の危険性の有無及びその程度を判断する事実を開示されなかったり、虚偽の事実を告げられたため、本件社債の安全性につき錯誤に陥り、これにより本件社債が危険性のない安全なものと誤信したことから本件社債を購入した。
(3) よって、被告と原告間の本件売買契約は、民法九五条により無効である。
(二) 被告
福田らは、原告に対し、本件社債の危険性についても十分に説明しており、原告が誤信したことはあり得ない。
第三争点に対する判断(認定に供した証拠は、認定の後の括弧内に掲示した。)
一 取引の経過等について
1 原告は、昭和一八年生まれの五五歳で、昭和四六年に判事補(裁判官)に任官し、各地の地方裁判所や家庭裁判所の勤務を経て、昭和五六年に判事になり、本件取引当時も判事(裁判官)の職にあったが、その間に裁判官として民事事件に関与した期間は約一五年間で、証券取引に伴う損害賠償請求事件の審理に関与したこともある(原告本人、弁論の全趣旨)。
2 原告は、昭和五八年ころに、被告の甲府支店に口座を開設し証券取引を始め、昭和六二年に被告大宮支店にも口座を開設したが(乙一一、原告本人)、平成九年六月ころ、原告が被告大宮支店で運用していた資金は約六〇〇〇万円に上った。原告は、被告の各支店との取引の他にも、他の複数の証券会社との間でも有価証券取引を行っていたが、原告の従前の被告大宮支店との取引は、主に公社債投資信託等の公的機関の発行する債券など運用が確実で、かつ利率の比較的高い商品の取引に限られ、株式や投機性の高い商品への投資は行っていなかった。
3(一) 原告は、平成七年九月ころから平成九年三月ころにかけて、被告大宮支店との間で、第一回クイーンズランド州二通貨債、第一回カナダ輸出金融二通貨債、第二回スウェーデン輸出二通貨債等の外貨建ての外債を購入する取引をした。右債券は、デュアルカレンシー債と呼ばれるもので、払込金と利金は円建てで、償還金のみ外貨建てで計算をする債券であり、その結果、償還金については、為替変動の影響を受けるという特徴を持っている(乙一、一〇、一一、原告本人)。
(二) 平成九年六月になり、原告は保有していた第一回クイーンズランド州二通貨債等四銘柄を売却したが、原告が購入した外債のうち一銘柄の売却代金が為替変動のため購入代金を下回ったことから、原告は、西原に対し、為替変動による損失に不満を漏らしたことがあった(乙一、一〇、証人西原)。
二 争点1(被告の債務不履行及び不法行為の有無)について
1 原告が売却した前記一3(二)記載のデュアルカレンシー債四銘柄の売却代金の受渡日は、平成九年六月一三日と決められた。そのころ、原告は、西原との間で右売却代金の決済等について電話で話したが、西原は、為替リスクを伴う外債の売却時に為替変動による損失について苦情を言われたことがあったことから、原告に対し、円建てで為替変動がなく、利率も年二・六〇パーセントと高い商品として、本件社債を紹介するとともに、原告に対し、本件社債の販売要項と会社概要を記載した文書を送付した(甲一の1、2、乙一〇、証人西原)。
2(一) 本件売買契約の成立時期について、原告は、本人尋問において、平成九年六月一六日の朝に被告大宮支店の西原に電話をした際、西原及び福田に対し、本件社債の安全性などの話を聞いて本件社債の購入の申込をした旨の供述をし、これに対し、福田らは、各証人尋問において、原告から電話を受けて本件社債の売買契約をしたのは、同月一七日であった旨の供述をする。
(二) 本件社債の募集にかかる届出の効力発生日は、平成九年六月一七日とされていることは争いがないところ、甲三号証の募集報告書には、本件社債の約定日は、同月一七日と記載されている。これに対し、甲二号証(メモ)には、「6・13-資料を送った」という記載とともに、「6/16(月よう日)電話→福田 買う」との記載がある。原告本人尋問の結果によれば、右メモは、原告が同月一三日に西原に電話を掛けたとき、西原から本件社債の資料を送ったと言われたこと、さらに、同月一六日に原告が福田らに電話を掛け、本件社債の購入について話したときに、それぞれ作成されたことが認められる。本件社債の届出の効力発生日が同月一七日であることから、甲三号証の約定日は、届出の効力発生日に合わせて記載されたこともあり得ること、さらに、右メモ及び原告本人尋問の結果に照らせば、甲三号証の約定日及び福田らの供述は、容易に採用できない。
(三) そうすれば、福田らには、本件売買契約の締結に際し、証券取引法一五条一項に違反する事実があったものと認められる。
3(一) 証券会社は、債券等の募集をする場合は、購入者に対し、発行会社作成の目論見書を予め又は同時に交付しなければならないとされている(証券取引法一五条二項)。
(二) 福田らは、証人尋問において、福田が西原に指示して、本件目論見書を、原告に対し平成九年六月一八日に速達郵便で送った旨の供述し、さらに、西原は、その理由を、過去の原告への外債の売買の際には、目論見書は売買契約締結後に普通郵便で送っていたとしながら、本件社債の売買についてだけは、原告が格付のことを気にしていたことから早く送ったと供述する。しかし、西原は、原告との取引において事前に又は売買成立直後に送ったことがないこと、本件目論見書の送付は、本件売買契約が成立した後であることからすれば、本件社債の売買の時だけ、本件目論見書を売買成立後直ちに、しかも速達郵便で送付したとする福田らの供述は不自然であり、福田らが原告に対し、本件目論見書を同月一八日ころ送付したことを認めることはできず、これに反する福田らの供述は採用できない。
(三) さらに、被告は、本件売買契約が同月三〇日までは撤回が可能であったこと、原告は、本件売買代金を同月二五日に送金して支払っていることからすれば、原告は、本件目論見書の送付を受けて、これを検討してから、代金を送金しているものと考えられ、そうすれば、実質的に証券取引法一五条二項に違反するものではないと主張する。
しかし、本件目論見書が、同月二五日以前に原告に送付されたことを認めるに足りる証拠はなく、いずれにしても、同法一五条二項により目論見書の予め又は同時の交付が義務づけられているのは、購入者が社債等の購入に先立ち、その内容等について検討する資料を与えることを義務づけたものであるところ、福田らが、原告に対し、本件売買契約締結までに、本件目論見書を交付しなかったことは明らかであり、原告に対し、本件目論見書を交付することなく本件売買契約を締結した福田らの行為は、同法一五条二項に違反すると認められる。
4 説明義務違反
(一) 西原は、原告に対し、平成九年六月一三日ころ、本件社債の販売要項と会社概要を記載した文書を送付しているが、右文書のうち募集要項(甲一の1)には、本件社債が円建て外債であること、利率が二・六〇パーセント、償還日が平成一二年六月三〇日、販売単位が一〇〇〇万円の整数倍、格付がBBB+であることなどが記載されており、さらに会社概要(甲一の2)には、ペレグリン社の財務状況、売上げや利益等の業績、子会社・系列会社名、発行株式に関する情報の他に、特色として、ペレグリン社が東南アジア大手の金融サービスグループであること、関連上場企業が不動産業を行っていること、近況として、投資銀行に転身したことにより、債券や資源開発融資等の新事業に進出し、収益基盤が拡大したことなどが記載されているが、ペレグリン社の経営についてのリスクに関する記載はない。
(二) 本件目論見書(甲六)「第2 事業の概況等に関する特別記載事項」には、本債券の購入予定者は、本書面の全記載事項を注意深く読まねばならないと注意した上で、(1) ペレグリン社は、子会社や関連会社を通じて投資等の事業を行っていること、(2) 投資銀行業はその性質上様々なリスクを伴うこと、(3) 中国の香港に対する政策の変更によるリスクもあること、(4) アジアの金融市場では、当該国政府の規制対象となる可能性があること、(5) ペレグリン社とその子会社等のグループ(以下「グループ」という。)の事業は激しく競争的で、競争企業はグループより遥かに資本量、知名度等を有すること、(6) グループの直接投資の多くは、証券が未公開の企業に対して行われている。このような企業は現在は利益を期待できず証券が公開されたときまで待たなければならないが、その企業が成功するかどうか保証はないこと、(7) グループは、投資及びその他の自己取引も行っているが、これはグループを各種のリスクの前にさらすこと、(8) グループの主要事業は開始から一〇年程度で歴史が浅いこと、(9) 子会社および関連会社に対する債務は、子会社および関連会社の債務に劣後すること、(10)グループのアジア金融市場への事業拡大は、協力事業者との協力事業を通じて行われており、事業の成功は協力事業者に大きく依存していること、(11)グループの事業の成否は、グループの会長や業務執行取締役等の専門家に大きく依存するが、市場において専門家の獲得競争は激しく、グループでは専門家獲得に多くの投資をしているが、獲得した専門家はいつでもグループを去ることができることなどのリスクに関する記載がある。
(三) 右のペレグリン社の経営に対するリスク等の情報は、西原が売買契約に先立ち原告に送付して会社概要には記載されていない事項であり、原告は、本件目論見書を事前に読むか、福田らから説明されない限り知り得ない情報であると認められる。
(四) 原告は、これまで、被告大宮支店において公社債投資信託等の安全確実で、かつ比較的利率の高い商品を購入していたが、西原から送付されたペレグリン社の募集要項や会社概要を見て、ペレグリン社が、原告がこれまで被告大宮支店で購入した社債等の発行体とは異なる投資銀行であること、香港に本拠を置く企業であること、社債の購入金額が一〇〇〇万円と高額であったことなどから、本件社債の安全性について疑問をもっていた。そこで、原告は、平成九年六月一六日朝、西原に電話を掛け、ペレグリン社についての知識がなく、本件社債を購入することに不安がある旨を告げ、本件社債の安全性について質問をした(原告本人)。これに対し西原は、ペレグリン社に関する詳しい知識がなかったことや、本件目論見書を読んでいなかったことなどから、ペレグリン社の発行する社債が格付機関からBBB+の評価を受けていること、BBB+の評価は、今は元金と利息を支払う確実性はあるが、将来環境の変化を受けやすいということであるとの説明しかできず、これ以上は、原告の自己責任で判断するように求めたが、原告は西原の説明に納得しなかったことから、西原は、上司である福田に説明を求めるため、福田に電話を代わった(証人西原)。福田は、ペレグリン社について、香港の中でかなりの規模の大きい投資銀行で、かつ、売上高や経常利益が伸びて急成長し、将来も成長する会社であるとの認識は有していたが、本件目論見書の「事業の概況等に関する特別記載事項」に記載してあるようなペレグリン社の経営についてのリスクに関する知識は有していなかった。その結果、福田は、原告からペレグリン社や本件社債の安全性に対する質問を受けた際に、ペレグリン社が香港最大の投資銀行であること、平成九年七月には香港が中国に返還されるが、返還後も香港の現行の資本主義制度は中国政府によって五〇年間保証されること、そして、ペレグリン社の発行する債券の格付がBBB+で投資適格債券であり、日本の企業の格付でいうと日本航空や日産等に相当すると説明したが、特にペレグリン社の経営のリスクについては説明しなかった(証人福田、原告本人)。
(五) 原告は、福田らが本件社債は安全であると虚偽の説明したと主張し、原告も本人尋問でその旨の供述をするが、福田らが、ペレグリン社の経営についてのリスクを知っていながら、原告に対し積極的に本件社債が安全であると述べたことを認めるに足りる証拠はない。しかし、西原から送られてきた販売要項と会社概要を読んだ原告が、福田らに電話で長時間にわたって本件社債の安全性等について重ねて質問をして、その上で本件社債を購入していることからすれば(原告本人)、少なくとも、福田らが、原告に対し、本件社債の格付からして、本件社債が投資適格であると説明したと認められるが、これをもって、福田らが虚偽の説明をしたとまでは認められない。
なお、福田らは、原告に対し、本件社債は投資適格であるが、ペレグリン社が将来倒産し債権が無価値になることがあることから、もし購入に不安があるなら、これを取り止め安全な「チャンス」を購入してはどうかなどと勧めた旨の供述をする(証人西原、同福田)。しかし、本件社債は、被告が幹事会社となって販売にあたっており、証券会社間において、本件社債の引受主幹事を獲得する競争は相当激しく(甲九の1)、被告が本件社債の主幹事を引き受けたからには、これを積極的に販売活動したであろうことは容易に推認され、被告社内で本件社債の販売に積極的でなかったかのような福田らの証言はにわかに信用できない。
(六) 原告のこれまでの被告大宮支店との取引が、主に公社債投資信託等の公的機関の発行する債券の取引に限られ、株式や投機性の高い商品への投資は行っていなかったことからすれば、原告が、本件売買契約成立前に、福田らから本件目論見書の交付を受けて、その記載内容、特に「事業の概況等に関する特別記載事項」に記載された、ペレグリン社の経営に関する、さまざまなリスクについての記載を読んでいたとしたら、本件社債の安全性について疑問を持ち、その疑問点について福田らに質問するなどしたことは容易に推認され、そこで、福田らからそのリスクについての適切な説明がされていたとしたら、原告は本件社債の購入を取り止めたと認められる。
5 取引成立後の配慮義務
(一) 原告は、平成九年八月二一日に、被告大宮支店から被告松戸支店に取引口座を移管した際、被告松戸支店の従業員名須祐子に対して、本件社債の安全性について問い合わせたり(甲七、一四)、さらに、その後にも同支店の森上に対しても数回にわたり問い合わせている(甲一四)ことから、原告が本件社債購入後も、その安全性を懸念していたことが認められる。
(二) しかし、取引成立後に被告が顧客である原告に対し情報を提供する義務があるか否かについては疑問であること、さらに、ペレグリン社の社債の格付は、平成一〇年一月九日まではBBB+であったのに、同月一〇日になり急にB(確実性に問題がある)に、同月一二日には最下位のC(債務不履行の懸念がある、あるいは実際に生じている)に格下げになったこと(甲九の1)、また、平成九年末現在、被告は、主幹事として引き受け得たペレグリン社の第一回変動利付き円貨社債一〇〇億円)及び本件社債(一〇〇億円)のうち約九五億二四〇〇万円相当を保有していたこと(甲九の3)からすれば、必ずしも、原告が森上らに問い合わせをした平成九年九月ころから同年一二月ころにかけて、ペレグリン社に倒産の危険性等の経営不安があるとの認識が一般的であったとも、被告がそれを知っていたと認めることはできない。
(三) そうすれば、森上らがペレグリン社の倒産に至るような経営不安を知っていて、これを原告に知らせなかったとは認められず、ほかに原告の主張を認めるに足りる証拠はない。
6 被告の債務不履行及び不法行為
(一) 右1ないし5によれば、福田らは、原告に対し積極的に虚偽の説明をしたとまでは認められないが、原告に対し、本件社債の内容や安全性等について充分な説明をしなかった過失があったと認めるのが相当である。
したがって、福田らは、顧客である原告が、本件社債を購入するに際し、そのリスク等について充分な説明をするなど原告の利益を図るために課せられた善良な管理者の負うべき注意義務に違反したことから、福田らの右行為は、債務不履行にあたるというべきである。
(二) さらに、福田らの右行為は、顧客である原告の利益を第一に考えたものとは評価することができず、結局は福田らないしは被告の利益を優先させたものと認めるのが相当であり、そして、福田らの右行為は、証券取引法一五条一項及び二項にも違反するものであり、原告に対する不法行為にも該当し、かつ、同人らの不法行為は、被告の事業の執行についてされたものであるから、被告は、民法七一五条の規定に基づき、これにより原告に生じた損害を賠償する義務があるというべきである。
三 争点2(原告の損害の有無及び額)について
1 債務不履行又は不法行為に起因する原告の損害
(一) 財産的損害
ペレグリン社は、平成一〇年一月一二日に裁判所(香港高等法院)に対し、清算命令の申立を行ったことから、少なくとも同月一三日までには本件社債の価値がなくなったと認められ、その結果、原告は、本件社債の売買価格一〇〇〇万円の損害を被ったと認められる。
(二) 慰謝料
原告は、本件により精神的苦痛を被ったとして、その損害の賠償を求めるが、原告が福田らの行為により精神的に何らかの苦痛を感じたとしても、前記(一)の財産的損害の賠償の他にこれを認めるまでの必要性があるとは認められない。
(三) 過失相殺
被告は、予備的に過失相殺を主張するものと解されるところ、原告は、以前からかなりの資金を使って債券等の取引をしていること、長年裁判官として多くの民事事件に関与してきており、その間には、本件のような証券取引を原因とする損害賠償請求事件の審理に関与したこともあること、本件社債の購入に当たっては、その内容及び安全性等について、福田らに一方的に質問するのみで、総額一〇〇〇万円という高額な売買にもかかわらず、福田らに目論見書等の交付を請求したり、他に自ら本件社債について調査したりしたことがなかったことからすれば、原告が本件社債の売買契約を締結し、前記(一)の損害を被ったことについては、原告にも相当程度の過失があったといわざるを得ない。右過失は、本件の損害賠償額を定めるについて斟酌するのが相当であるところ、本件に現れた諸般の事情を総合し、損害の公平な分担の観点から、本件においては、七割の過失相殺をするのが相当である。
2 弁護士費用相当の損害
前記のとおり、本件取引については不法行為も成立するから、原告は、右行為と相当因果関係のある弁護士費用については、不法行為による損害として賠償を求めることができるというべきである。原告が本件訴訟の提起及び遂行を原告代理人に委任したことは記録上明らかであるところ、本件事案の内容、難易度等にかんがみると、右不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、右過失相殺後の損害額に照らせば三〇万円と認めるのが相当である。
四 結語
以上によれば、その余の点について判断するまでもなく、原告の本請求は、被告に対し、三三〇万円及びこれに対する平成一〇年一月一三日から支払済まで民法所定の年五パーセントの割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余については理由がないから、主文のとおり判決する。
(裁判官 城内和昭)